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「私達は神」というタイトルの文章は

私の価値観を書かずに書いてしまい、指摘により削除しました。
生物は人間に飼われる為に存在しているのではない。
(改良品種は望んでその姿をしているのではない)


 先ずこれを理解して貰わねばなりません。事故・開発の影響などによる緊急避難的な飼養を行うのとは訳が違います。全て飼育者の自己満足に付き合わされるだけなのです。金を払ったのだから好きにしてよいなどと思い上がらないよう。



さかなの飼育には思いやりが必要。見返りを求めるな。


 さかな(ペット全般)には適した環境を与え、愛情を持って接するのが基本です。双方何れかが欠落した場合、それは虐待となります(日本以外の先進国では相当厳しく定義付けられている)。犬猫などの哺乳類であれば発覚次第メディアが騒ぐのですが、魚類ではまだまだ消耗品扱いです。観賞魚の飼育には金がかかります。「金が無い」・「金をかけたくない」などと考える人は直ちに飼育という趣味から手を引かねばなりません。また、自慢は種の希少性ではなく飼育技術で行って下さい。
私にとって神とはそれほど大きな存在ではありません。

人間にとって、どうしようもないこと、公平性の有意性を信じたとき、私達は非常に

無力且つ最弱な存在ですから、何か大きな存在感のあるものを必要とし、それを

神と信じ、崇めているとおもっています。ですから、私にとっての神は

あくまで人間の創造物であるとおもっています。

天国や地獄などは人間が平等性を信じるが故の創造物であるのではないでしょうか?

あるいは、自らの行為に意味を見出すために、造ったものであると思っています。

しかし、これはあくまで私一個人の意見です。

私がこのように神を定義していることを書かずに、私達が神であると書いてしまったことについて

お詫び申し上げます。

熱帯魚にとって私が定義するところの神は飼育者だと思います。

彼らは私達という、大きな存在に、水換え、エサやり、体調管理を任せています。

しかし、これは決して私達が熱帯魚にとって優れた存在であるということを示すわけでは

ありません。実際、熱帯魚は人間のために生まれたわけではないのです。

水槽という閉鎖的な環境で彼らを「生かす」のではなく「飼育する」ことができたなら

それが彼らにとって幸せだと信じるほか無いのではないでしょうか?

シルバーで180×60×60が最低サイズ。

ブラックが150×60×60が最低サイズ

フィルターは上部プラス外部orオーバーフロー
熱帯魚の半分を見るだけなら、アクアリストを語る資格なんてありません。

水族館関係の仕事に従事する人は、先ずびっくりします。

なぜなら、彼らの飼育設備で飼われていた魚達と同じのが、水族館という、ひろーい設備で

悠々と泳いでいるからです。

先輩に聞いてみたところ、混泳最低サイズだ。との返事が返ってきたそうです。

レッドーテールキャットを5匹飼うにそれだけの設備をもってして、やっと「飼う」といえる

立場になるのです。
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